虚血性心疾患 (狭心症・心筋梗塞)
はじめに
虚血性心疾患は名前のごとく、‘血が虚しい=心臓が機能するのに血液が十分ではない’という病態を指します。この病気を理解するためには体の血液循環のイメージと‘冠動脈’と呼ばれる心臓を栄養する血管を理解する必要があります。
以下にイラスト付きで分かりやすく説明しますので、ご安心ください。
基本的なイメージと解剖
人間は生きている上で各臓器がしっかり役割を果たす必要があります。
例えば脳であれば神経を通じて話したり、筋肉を動かしたりと指令を送ります。腎臓であれば糸球体で血液をろ過し尿として膀胱に水分を送ります。
これらの臓器は全て十分に機能するためにはエネルギー(血液や酸素)を必要とします。
そのエネルギー(血液と酸素)の供給源は心臓です。よく心臓がポンプに例えられるのは各臓器に常にエネルギーを供給しているからです。
心臓は寝ている間も含めて24時間365日、休むことなく常にポンプして各臓器にエネルギーをもたらしており、心臓自体が一番血液や酸素を必要とします。
それでは心臓自体はどこからエネルギーをもらっているのでしょうか?
答えは‘心臓自身から’です。心臓のポンプ室(左室)の出口には大動脈弁という逆流防止弁があり、そこを境に大動脈という太い血管が各臓器へとつながっています。
(例:脳へは大動脈→総頚動脈→大脳動脈, 肝臓へは大動脈→腹腔動脈→総肝動脈, 腸管へは大動脈→上/下腸間膜動脈など)
心臓はこの大動脈弁の1, 2cm上から冠動脈と呼ばれる心臓の表面を網羅するように走行する血管から栄養されています。
冠動脈は合計3本から構成され、それぞれ左右から心臓の真裏まで栄養する①右冠動脈, ②左冠動脈回旋枝, 心尖部(心臓のつま先)まで真ん中を走るメインストリートである③左冠動脈前下行枝です。
図のようにラグビーボールのような心臓の表面を走る冠動脈はまるで冠を被っているようにみえることから‘冠動脈’と名付けられました。
そして心臓がポンプして血液を全身に送り出す根本に左右の冠動脈入口部が存在するため、 心臓が収縮するたびに自分で自分を栄養しているような形となります。
大動脈弁が心臓収縮後に閉じ切ることから非常に理にかなった冠動脈循環となるのです。
人間の体には多くの名前のついた動脈が存在しますが、生命で最も大事な動脈は何かと聞かれたら、迷わず冠動脈と答えます。
虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)
冒頭にも述べた通り、これらの病気は全て冠動脈の病気です。
血管は赤ちゃんから年齢を重ねるごとに年季が入り、硬く・傷ついていきます(動脈硬化)。
全身の動脈硬化は一様に進むことが多いですが、中でもこの最も大事な冠動脈は動脈硬化が進みやすい動脈であることがわかっています。
狭心症は名前の通り冠動脈が狭くなり心臓が酸欠状態となりSOSサインを出す状態を指し、心筋梗塞は冠動脈が詰まることで心臓が壊死してしまう状態を指します。
労作性狭心症
冠動脈の内腔が徐々に動脈硬化が進むことで狭くなることで、その血管が栄養しなくてはならない心臓の筋肉(心筋)が酸欠状態となりSOSとして胸痛、胸部圧迫感、動悸、胸苦しさ、息切れなどの症状として出現します。
心臓は運動時には安静時よりも何倍もエネルギーを必要とするため一般的には運動時に症状が出ることが多いです。
循環器外来に来た患者さんで「坂道を歩いていて5分くらいすると胸の真ん中が圧迫されたような症状が出て、冷や汗も出てきます。座って数分すると症状がなくなるため休み休み歩いています。」 というような方は狭心症を強く疑います。
狭心症の中でも①安定狭心症②不安定狭心症③冠攣縮性狭心症の3つに分類されます。
症状が不安定な場合は不安定狭心症と分類され、後述します急性心筋梗塞の一歩手前の危ない状態といえます。
診断や治療は心筋梗塞と同様に心臓カテーテル検査・治療が必要となります。
下の画像は実際の狭心症患者の右冠動脈です。左の矢印部分が狭くなっています。右は同部位にカテーテル手術を行いステント挿入した後の画像です。
冠攣縮性狭心症
異型狭心症とも呼ばれ、血管内腔が狭いわけではないものの、発作的に冠動脈が攣縮(痙攣:けいれん)することで一時的に心臓が酸欠状態となる病態です。
若中年の女性に多く喫煙が関与していることが知られています。また、①②の一般的な狭心症と異なりリラックスしている時や時間帯では早朝・深夜に狭心発作が出現することが多いことが特徴です。
冠攣縮性狭心症は‘ここが狭い’という部分はなく、全体的に図のような糸のように細く痙攣してしまっているため治療としては血管拡張薬を中心とした薬物治療が中心となります。
そもそも発作を起こしづらく予防する血管拡張薬と発作が起きた際にレスキューで使用する血管拡張薬で専門的に管理する必要があります。
心筋梗塞
狭心症と異なり心筋梗塞は血管が詰まることで閉塞をきたし、詰まった先の心筋が時間とともに壊死してしまう命に関わる病態です。壊死した心筋は不安定となり、そこが震源地の不整脈により病院に到着する前に心肺停止状態になることもあります。
また、根元の冠動脈が詰まると心臓のポンプ機能が急激に低下することでショックとよばれる循環不全をきたします。
そのため心筋梗塞が疑われた場合は直ちに心臓カテーテル検査・治療を行わなければなりません。
カテーテル検査・治療とは手首や足の付け根の血管からカテーテルを挿入し、冠動脈までアクセスします。
カテーテルは中が空洞になっているため造影剤を冠動脈に注入することで冠動脈の状態を把握することが可能です。そこで詰まった血栓はさらに専用のカテーテルを用いて取り除き、風船やステントと呼ばれる金属の筒を入れることで補強します。
(ここまでで載せている冠動脈の写真もすべてカテーテル検査で撮影した画像です。)
心筋梗塞発症後直ちにカテーテルで治療を行うことができれば、徐々に心筋も回復しもとに戻るケースが多いですが、時間を置いてしまいますとカテーテルで血管を開通させても心筋は壊死してしまい心機能が著明に低下してしまうこともあります。
心機能が低下してしまうと心不全により入退院を繰り返し、苦しくて日常生活を送るのに支障が出てしまうことになります。
そのため突然の胸部症状は直ちに医療機関を受診して、迅速に診断・治療につなげる必要があります。
左図:左前下行枝の急性心筋梗塞。〇で囲んでいる所からどん詰まりになっています。
右図:同患者に対してカテーテル手術を行いステント挿入した後の画像。詰まって見えなかった心臓のつま先まで血管が描出されているのがわかります。
さいごに
虚血性心疾患は放置しておくと命に関わる疾患の代表例です。
患者さんの冠動脈は透けて見えないため、最終的には心臓カテーテル検査を行わないと答えはわかりません。
しかしながら冠動脈が狭い・詰まっているサインは問診・診察・心電図・心臓超音波・血液検査から推測することは可能です。そのため少しでも胸部症状がある場合は早めに循環器内科医にかかり適切な検査を受けることをお勧めします。
文責:茂澤メディカルクリニック 循環器内科 茂澤 幸右